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10月12日(日) ルネサンス/Renaissance - ロンドン/ヴィクトリア・パラス 

アニー・ハズラム/ANNIE HASLAM (vo.
マイケル・ダンフォード/MICK DUNFORD (gtr.
ジョン・キャンプ/JON CAMP (bs.,gtr.,vo.
テリー・サリヴァン/TERRY SULLIVAN (drms.
ジョン・タウト/JOHN TOUT  (kybds

Victoria Palace

Renaissance Ticket

 グレゴリア聖歌のテープが流れ「CAN YOU UNDERSTAND?」で始まるのは前回と同じだが、今夜はメインアクトなので8時40分から10時20分まで「マザー・ロシア」や「シェラザード」等、比較的長い曲も交えて演奏してくれた。
 3~5オクターヴの音域を持つと云われるハズラムはいつもの様に胸元で手を組みながら朗々と歌っている。彼女がオペラ歌手に付いてレッスンを受け始めたのは大学に入ってからというから、ずいぶんその才能に気付くのが遅かったわけだ。ベイスのキャムプは藤模様のハッピに白のスラックスで、これも白のリッケンバッカー・ベイスでビンビンとベイス・ソロを弾いている。タウトは家ではプロコフィエフやショスタコーヴィッチ等を聴いているそうだが、ルネサンスの曲の中ではラフマニノフやショパンなどの比較的有名なフレーズを弾いてくれるのでサウンドがとても親しみやすく楽しい。この日は黒のグランド・ピアノで演奏してくれたのだが、アクースティックのピアノにマイクを付けるとどうしてもハウリングしやすくなるのがちょっと残念だ。サリヴァンは鈴やドラも叩かなければいけないので大忙しだ。ダンフォードはちょっと高めの椅子に座り、その回りにギターだけでも4種類程並べて曲により使い分けていた。「ルネサンスの6番目のメムバー」と云われるベティ・サッチャーというコーンウォール地方に住む作詞担当の女性がいるのだが、この夜会場に来ていたらしく、ハズラムが「今夜ここに来てくれた彼女にこの曲を捧げます。」と言って歌い始めたのが「マザー・ロシア」。ドライアイスの煙がたかれて雰囲気を盛り上げていた。アンコールの「燃ゆる灰」では舞台両わきにミラー・ボールが取り付けられキラキラと輝いていた。

Renaissance
プログラム 1975年 RENAISSANCE in concert 1975 より

 この後、「ライブ・アット・ザ・カーネギー」「お伽話」「四季」「碧の幻想」と順調にアルバムを発表し続けていたのだが、80年に入ってキーボードのタウトが「妹の死がきっかけでストレスが溜まり音楽業界に疲れた」という理由でバンドを辞め、彼の後を追うようにドラムスのサリヴァンも去り、ルネサンスは解散状態になっていた。
 それからもハズラムはソロでアルバムを発表したり、ダンフォードと「ネヴァダ」というバンドを組んだりして音楽活動を続けていた。ルネサンスとしては昔のライヴ・アルバムやコムピレーション・アルバムが発売されていたのだが、2001年にはオリジナル・メムバーでこそなかったが、ハズラム、ダンフォード、サリヴァンと他2人のメムバーでとうとう来日を果たし、日本でのライヴ・アルバムまでリリースしてしまった。サリヴァンもソロ・アルバムの用意をしているそうだし音楽業界から離れていたタウトも少しずつセッションに参加しているそうだ。
 ルネサンス復活かと思われた矢先、2002年10月、ハズラム他がバンドの永遠の解散を発表した。ハズラムは、かねてから活動の拠点を移していたアメリカで自分のバンドを作り、ダンフォードは「シェラザード」のミュージカルを制作し、サリヴァンはソロ・アルバムの発売を待つばかリだそうだが、もうあのクラシカルなサウンドが永久に聴けなくなったのかと思うととても淋しい…
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