スポンサーサイト 

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

7月20日(日) グリーンスレイド/GREENSLADE - ロンドン/ラウンドハウス 

デイヴ・グリーンスレイド/Dave Greenslade  (kybds.
デイヴ・ロウスン/Dave Lawson   (kybds., vo.
アンドリュウ・マッカラフ/Andrew Macllough  (drms.
マーティン・ブリレイ/Martin Braily  (bs., gtr.

 グリーンスレイドは、75年の初めにベイスのトニィ・リーヴスが「音楽的方向性の相違」を理由に抜け、一体どうなる事かと案じていたが、彼等のレコーディング・エンジニアに紹介されたマーティン・ブリレィというベイシストを見つけ「タイム&タイド」を録音していた。
 実は、5月4日にロンドンのヴィクトリア・パラスでコンサートがあり、前売りティケットも買って楽しみにしていた所、急遽キャメルのラウンドハウス ギグが決まり、泣く泣くというか当然キャメルを見に行ってしまったので、今回のコンサートは、やっと見られるとそれなりに期待していたのだ。
 この年の2年前、アルバム「ベッドサイド・マナーズ」をリリースしたばかりのグリーンスレイドをマーキー・クラブで見た事が有る。当然オリジナル・メムバーのリーヴスも居て、バンドとして一体感のある、それでいてベイシストとしても聴き応えのあるプレイを展開していた。というか、このバンドにはギタリストが居ないので、ベイスにその役割が回ってきて、曲によってはリーヴスがベイス・ソロを披露していたのだ。何と言ってもリーヴスとデイヴ・グリーンスレイドがこのバンドを創ったわけだし、そのオリジナル・メムバーが脱けるという事は多少なりともサウンドに影響するのではないか、と思っていたのだが、ニュー・ベイシストのブレリィはフェンダー・ストラトカスターとリッケンバッカー・ベイスをひっつけてダブルネックにしたギターを使用し、リーヴスの空白を埋め合わせるプレイを披露してくれた。グリーンスレイドの聴き所と言えばやはりグリーンスレイドとロウスンのキーボード・プレイのコムビネイションだが、グリーンスレイドがイムプロヴァイゼイションを、ロウスンがリズムとコードを担当し、きちっと役割分担されている為サウンドがバラバラにならず安定感があり、安心して聴いていられる。ただロウスンのヴォーカルがいまいち上手いとは言えないと思うのだが、このヴォーカルが良いというファンも居るので、これもバンドのファクターとして楽しめば良いのかもしれない。

greenslade sheffield
1975 Sheffield Crusible Hall 

ステイジ後方には「タイム&タイド」のジャケットの絵が描かれた垂れ幕が下がり、照明も洗練されてきて、もはやブリティッシュ・プログレッシヴ・ロックを代表するグループの1つと言ってもいい程の貫録が出てきた。しかしこのバンドは、プログレ特有のシンフォニックなサウンドの中にも、デイヴ・グリーンスレイドのルーツともいえるブルーズ/ジャズ・バンド、コロシウムの影響が残ったブルージィなフレーズ、又ロウスンのファンキィな雰囲気も合わせ持つ曲も在り、何もかもメロトロンでまとめ上げドラマティックに盛り上げて曲を閉めるという大仰しさが余り感じられ無い。その分気楽にサウンドを楽しめたのだが、最近はそのサウンド自体がだんだんハードになってきて、情緒性が薄められてきたのが少し残念だ。ライヴでの一つの聴き所はマッカラフのドラム・ソロで、彼はクリムズンのアルバム「リザード」でもその実力が分かるように切れのいいパーカッシヴなドラミングを叩き出しグリーンスレイドのエレクトリック・ピアノと息のあったユニゾンを聴かせてくれバンドのサウンドを引き締めている。ソロを終えたマッカラフをロウスンが小さなハンカチをひらひらさせあおいであげているのがなんとも可愛かった。この他に、曲によっては右端でプレイしていたロウスンが左側のグリーンスレイドのキーボード群まで来て、2人で一台のエレクトリック・ピアノを弾くという見せ場も作っている。アンコールのイントロ部分はいつも違うので「あれ、新曲?」と思ってしまう事がよくあった。

73 greenslade 1

73 greenslade 2
1973 London Marquee Club で右側から左側のグリーンフィールドに寄り、エレピで連弾するロウスン

 この日以外に、イギリス北部の都市、シェフィールドのクルシブル・ホールと、後、ロンドンのイムペリアル・コレッジでグリーンスレイドのギグを見る事が出来たのだが、イムペリアル・コレッジでは既にショウが始まっておりティケットを買いに行くとそのままタダで会場に入れてくれた。こういう所が、イギリス人ってフェアだなあ、と感心してしまう。

10.4 greenslade ticket

 さて、そのグリーンスレイドも翌76年には解散してしまい、デイヴ・グリーンスレイドはTVやラジオの仕事、又グリーンスレイドのジャケットを描いていたパトリック・ウッドロフや小説家のテリー・プラチェットと共にアルバムを制作、またロウスンもTV,ラジオの仕事の他、数多くのアルバムにセッションで参加し、最近は映画音楽の仕事を多く手掛けている様だ。ベイスのリーヴスはカーヴド・エアを経て、オーディオ機材その他を扱う会社を設立する傍ら、ジャズ・バンド、「ビッグ・チーフ」でも演奏活躍を続けている。マッカラフは元ジェネシスのギタリスト、アンソニィ・フィリップスのアルバムに参加、ブレリィはアメリカに渡りセッション・プレイヤーとして活躍している。
 ここ数年のプログレ・リヴァイヴァルの波に乗ったわけでも無いだろうが、2000年になって、デイヴ・グリーンスレイド、トニィ・リーヴスが中心となり、ジョン・ヤング(元エイジア、ジョン・ウェットン・バンド他)をヴォーカル/キーボード・プレイヤーに加えグリーンスレイドを再結成させ我々を驚かせた。その年の暮れにはニューアルバム「ラージ・アフタヌーン」をリリース、続いて2002年に「ライヴ 2001」が発売されその演奏に衰えの無いところを聴かせてくれたが、写真を見るとデイヴ・グリーンスレイドさんは銀髪になってしまっており、月日の流れを再認識させられてしまった。トニィ・リーヴスは、今でも日本でグリーンスレイドのCDが売れているのを知って随分気を良くしているらしいので、その内来日してくれるかもしれない。

スポンサーサイト
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。