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5月31日(土) リック・ウェイクマン/RICK WAKEMAN - ロンドン/エムパイア・プール・ウエムブリィ 

リック・ウエイクマン/Rick Wakeman (key.
イングリッシュ・ロック・アンサンブル/English Rock Ensemble
ニュー・ワールド・シンフォニィ・オーケストラ/New World Symphony Orchestra
イングリッシュ・チェムバー・クワイア/English Chamber Choir
ノッティンガム・フェスティヴァル・クワイア/Nottingham Festival Choir

r wakeman ticket


 ウエムブリィ・アイス・リンクで行われたリック・ウェイクマンのコンサートは、音楽紙だけでなく、一般紙でも取り上げられる程話題になっていた。アメリカからサウンド・システムを空輸し、20人のプロのスケーターとフランスで誂えた彼等の衣装、合唱団とオーケストラというロック・コンサートの枠を超えたこのアイス・ショウに皆が注目していたのだ。
 イエスと並行してソロ・アルバムもリリースしていたウェイクマンだが、74年中頃にはイエスを脱退、ソロに専念して「地底探検」、75年には「アーサー王と円卓の騎士たち」を発表し、この年の始めには来日してその華麗な演奏を日本のファンの前で披露していたらしい。
 ウエムブリィでも一部は「ヘンリィ8世」、2~30分の休憩を挟んで二部が「アーサー王」、アンコールが「地底探検」というプログラムだったのだが、まさかアンコールで2~30分もの長さの「地底探検」を演奏するとは思わなかった。8時過ぎから始まって終わったのは11時半。ウェイクマンさん、終電の時間も考えてください!と心の中で思わず叫んでしまったが最後まで見てしまった。
 「コンサートに於いて耳を楽しませる事と同じぐらい視覚にも訴える事が出来れば、より音楽に集中出来ると思います。演奏を聴くだけなら退屈してしまう。エンターテインメントを加える事が出来ればもっとコンサートを楽しめると思うのです。」と言ってウェイクマンはこのド派手なアイス・ショウを企画した様だが総勢153名、金もかかっている。

wakeman1
(NME誌 1975年)

 ウェイクマンはキラキラ光る白マントを被り、彼の回りを何重にも積み重ねられた14台のキーボード群がぐるりと取り囲んでいる。彼を見ていて思ったのだが、体がでっかくて手が大きくて腕が長い人は楽器を演奏する場合とても有利だ。例えばピアノの上に積み重ねられた奥側のシンセサイザーと手前のピアノとを同時に弾くことが出来る。左斜め後ろのメロトロンと右手前のハモンドを同時に演奏することが出来る。それにしてもスタインウェイ・ピアノの音色はこの広いアイス・スケート場でもハウる事無くとても美しく聞こえる。さすがPAに金をかけているだけはあるのだ。
 一部では「ヘンリィ8世」の他、ケン・ラッセルの映画「リストメィニア」のサウンドトラックからもプレイし、スケート靴を履いたままでラインダンスを踊り通したスケーターのお嬢さん達には惜しみない拍手が会場から送られていた。二部の「アーサー王」では、中世の衣装を着けたスケーター達がアーサー王伝説を氷上で演じてくれた。その衣装も半端じゃなく、円錐形の先からレースを垂らした帽子を被り、胸を大きく開けた色とりどりのロングドレスを着た10人程の女性スケーターが舞踏会で踊る様にクルクル回りながら滑り、20人程の騎士役の男性スケーターは鎧を着て張りぼての馬を腰に付け、まるで馬に乗っている様な格好でスピードをつけ決闘しているかの如く演じ、これが本当に氷の上でスケート靴を履いて演じているのかと疑わしくなるぐらい見事に「キャメロット」の一大ペイジェントを繰り広げていた。特にグェナヴィアを演じた女性スケーターは、ブルーのスケスケの衣装をひらひらさせながら優雅に踊り美しく滑っていたので見ていてもうっとりしてしまった程だ。ロック・アンサンブルのメムバーはレコードと同じで、ナレーターも同じ人が籐の椅子に座ってナレーションを勤めていた。アンコールの「地底探検」になるとさすがに疲れが出てきた様で、ウェイクマンのキーボード・プレイとオーケストラが少々ずれ始めウェイクマンが手を止める場面もあったが、3時間、ほぼレコード通りの演奏をライヴで成し遂げ、ウェイクマンの底力をまざまざと見せつけたコンサートだった。
 この後ウェイクマンは、イエスのメムバーに戻ったり又脱けたりを繰り返していて、最近では彼の息子達、アダムやオリヴァと共演する事も度々有る様だ。またウェイクマンの名前で発売されているアルバムも映画のサウンド・トラックからクラシック、ブートレグのライヴまでありとあらゆるジャンルの音楽が録音されていて、その他セッションで参加しているアルバム等を加えるとそれこそ数えきれない程だ。そして2002年に又々イエスに戻り2003年には来日するという。
 イエスはそれぞれのメムバーが独自の個性と技術を持ち、それらががっちりと組み合わさってイエス・サウンドを創り上げているので、いくらウェイクマンでもイエスの中の一キーボード・プレイヤーになってしまうのだが、演奏に於いてウェイクマンらしさが聴かれるのは早弾きより装飾音符を多用した彼のバロック演奏で、それがより聴かれるのがイエスよりストロウブスであったり「ヘンリー8世」であったり、セッションで参加した他の人のアルバムであったりするのだ。
 特に私が気に入っているのが、セッションで参加しているアル・ステュワートの72年のアルバム「オレンジ」で、この中の「スペインからの便り」は、ウェイクマンの装飾音符を多用した華麗なピアノ演奏無しではアルの歌をあれ程ドラマティックには表現出来なかっただろうと思わせる程重要な部分を占めている。
 ともあれウェイクマンはライヴでもその実力をまざまざと見せつけ聴かせてくれるミュージシャンなので、見て損はしないはずだし、2003年のイエス・コンサートでも彼の華麗なプレイはきっとオーディエンスを魅了するに違いない。

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5月21日(水) ヘンリー・カウ + ロバート・ワイアット/Henry Cow + Robert Wyatt - ロンドン/ニュー(ロンドン)シアター 

フレッド・フリス/Fred Frith  (gtr., vi.
ジョン・グリィヴス/John Greaves (bs., pi.
ティム・ホドキンスン/Tim Hodgkinson (kybds., sax, cl.
クリス・カトラー/Chris Cutler  (drms., pi.
リンジィ・クーパー/Lindsay Cooper (fl., ob., vasoon
ダグマー・クラウゼ/Dagmar Krause  (vo.
ロバート・ワイアット/Robert Wyatt (vo.

 ニュー(ロンドン)シアターは普段は観光客用のレヴュー=あの大きな羽飾りを着けてセクシィな衣装でラインダンスを踊るショウをやっている時が多いのだが、最近は時々ロックのコンサートもしている。

21/5 henry cow ticket

 カウとワイアットのジョイントかぁ、と楽しみにしていたのに30分程遅刻してしまった。当然ショウは始まっていた。しかし彼等のサウンドは始めから聴かなくとも同じなのでそれ程気にならない。
 ワイアットは車椅子で舞台の隅にじっと控えている。中央にはパイプ椅子に腰掛けたクラウゼがヴォーカルというよりヴォイスやスキャットを要所要所に入れて、それに時々ワイアットのヴォイスも加わり中々興味深い音を出している。このワイアット、音のセンスがいいというか、バンドがほとんどアヴァンギャルドな演奏をしている隙間に上手く何かしらの音かヴォイスを付け足してサウンドをより完璧に近づけていく。彼が多くのミュージシャンに賞賛されているのも分かる様な気がした。クラウゼは直前までスラップ・ハッピーのヴォーカリストで、他のメムバー、ピーター・ブレグヴァッドとアンソニー・ムーアと共に、カウとのジョイント・アルバムを録音していたのだが、「IN PRAISE OF LEARNING」制作後、クラウゼをカウに残したままバンドは解散してしまった。クラウゼはとても良い声をしている。ルネサンスのアニー・ハズラムも美しい声をしているが、クラウゼの声はアニーよりも力強く情感的で、聴く者を納得させてしまうパワーがそのヴォイスに宿っている様だ。しかし翌年には病気の為しばらくカウから離れた時期もあった。カウのメムバーは全員2~3種類の楽器を曲によって選びながら演奏するのだが、翌76年早々に脱退してしまうグリーヴスもメインはベイスだが、時々後に置いてあるグランド・ピアノを弾いて曲にアクセントを付けていた。彼は脱退後しばらくセッション等をした後ナショナル・ヘルスに加わり、ビンビン響くジャズ・ベイスを聴かせてくれた人だ。長い髪を後ろで束ねてパイプ椅子に後ろ向きに座り緊張感溢れるフリー・スタイルのギター又はヴァイオリンを弾いているのがフリス。彼はカウ解散後ニューヨークに活動の拠点を移してから様々なプロジェクトを起上げたりセッションに参加したりと精力的に活躍していたのだが、今はオークランド(カリフォルニア)の大学で作曲の教授になっているそうだ。写真で見たより顔が長かったホジキンスンは、雲の模様が描いてあるファーフィサのオルガン又はサックスやクラリネットでノイズ等の音を出しているのだが、彼もその後フリーフォームのジャズやロックを多くのミュージシャンと共演していて、中でもカトラー等と組んだザ・ワークで82年に来日を果たしている。カトラーはやたらバタバタと手足を動かしてドラミングしていたが、彼もカウ後は様々なミュージシャンや元カウのメムバー等と共に活発に演奏活動をして何回か来日し、又その活動は音楽だけに留まらずレコード会社を設立したり執筆活動をしたりと、世界中を股にかけている。
 オーボエやバスーンでカウ・サウンズに奥行きと深みを加えていたリンジィ・クーパーはカウの他にもハットフィールドやヘルス等多くのバンドに参加し、また女性だけで構成されたフェミニスト・イムプロヴァイジング・グループを結成したりと積極的に活躍していたのだが最近は複合硬化症を患いその治療に専念しているそうだ。
 ワイアットはマーガレット・サッチャー政権下に入ってからは音楽より共産党員としての政治活動が主になっていたが、90年以降少しずつだが政治活動と共に再び音楽活動も始め、彼独自の音楽世界を収めたアルバムも数枚リリースし絶賛されている。
 とにかくカウの音楽はフリー・フォームをとっているので、演奏されたその時、その場所で彼等と共に音楽環境を共有したオーディエンスと共に評価されるものであって、それぞれのライヴによって善し悪しにばらつきが在るのだが、この夜のライヴはワイアットとの共演という事もあり、カウのサウンドにも緊張が感じられ、中々興味深いパフォーマンスだったと思う。

henry cow チラシ

 この日のオーディエンスの中には、女優のジュリィ・クリスティを始めロキシィのフィル・マンザネィラ、マッチング・モゥルのビル・マコゥミック他アンディ・サマーズやアイヴァ・カトラー、ジャズ・サックス・プレイヤーのロル・コックスヒル等錚々たる面子が揃っていたそうだ。今度からは早く劇場に行って客席も見渡してみよう。

5月16日(金) キャメル/CAMEL - ロンドン/コレッジ.オブ・ファッション 

アンドリュ-・ラティマ-/Andrew Latimar (vo., gtr.
ダグ・ファ-ガスン/Doug Ferguson (bs.
アンディ・ウォード/Andy Ward  (drms.
ピ-タ-・バーデンス/Peter Bardens (kybds.、vo.

CAMEL programme 1975
会場で売られていたプログラム。水色バージョンもある。

 さしずめロンドン服飾専門学校と云った所か。地図で調べてみると、市内に3~4ケ所の分校があるのだが、その内の何処で演るのか分からない。困ったと思っていた所に、キャメルのマネージャー、ジェフ・ジュークスさんから手紙が届いた。どうやらオックスフォード・サーカスの裏手にあるらしい。ロンドンのど真ん中じゃん!行ける!!
 8時頃出掛けたのだ当日券を求めるのは7~8人程。入場料は80ペンス。場所は学校の講堂みたいな所で、ステイジの前は板張りのスペースが空けてあり、中央から後ろにかけて椅子席が階段状に並んでいる。学生会館と云ってもちゃんとパブが付いていて、そこで2時間程待たされてからホールに入ったのだが既に時は10時頃になっていた。
 10時10分過ぎキャメル登場。11時20分頃まで前回のラウンドハウスと同じ構成で演奏したのだが、ツアーの疲れが出ているのか、「グ-ス」のフルートがいまいち出来が悪く、ラティマ-も途中で止めてしまった程だ。
 今回は2度目という事もあって少々気持ちに余裕が出来たので、4人を観察してみた。水色のチェック柄のパッチワークがポケットと袖口に付いた生成りのシャツにブルージーンズのラティマーは本当に手が大きい。そのでっかい手でメープル仕様の赤ぼかしのレスポールを弾く様は中々決まっている。他の3人はラウンドハウスとほぼ同じ服装。ファーガスンは後方で黙々とベイスを弾いているのだが時々白いピックをくわえてプレイしていてちょっとカッコ良い。サン・ブロンドという色の髪のウォ-ドはライトが当る度にキラキラ輝く髪を揺らしながらドラミングする姿は中々の美少年振り。この人、後半になるといつも上半身裸になるのだが、ステイジが真っ暗になるのを待ってからこそこそとT シャツを脱いでいる。曲の紹介をするのはほとんどバーデンス。でもマイクに口を近づけ過ぎるのでいまいち聞き取り難い。腰でリズムをとっている様なのだが、左右に別れて置かれたハモンドとピアノを同時に弾く時は真剣そのもの。いつもラティマーの方を振り向いてはユニゾンのタイミングを計っている。アンコールで出てきた時、バーデンスは黒ビールをラティマーはラガーのジョッキを客席に向けて乾杯しながら飲んでいた。曲は「レディファンタジー」「アルバルーバ」のみ。時間が押していたからか「フリーフォール」は演奏しなかった。
 当初の予定では、このコレッジ・オブ・ファッションでブリティッシュ・ツアーは終わったはずなのだが、急遽翌週末にロンドン郊外で2ケ所の追加公演、そして非公式ながら6月の初めまでに5ケ所の追加公演が行われた。このように評判が良ければどんどんギグが追加されていく。6月の中旬からはヨーロッパ・ツアー(オランダとドイツ)後半からは又イギリス国内ツアーが毎晩予定されていて最後はロンドンに戻って来る。ラジオでは午後10時台に「スノーグース」のCMスポットが何度か流される。「ダンケルク」をバックに「切れ目無しのアルバム、スノーグース!デッカから発売中!!」サウンズ誌もオランダのフェスティヴァルでのライブ評とインタヴューを載せてくれた。ロンドン公演の2週間程前、前売りを買いに行ったら既に前4列までは売り切れていた。すごい!バーデンスからも絵葉書が届いた。「今、西部イングランドをツアー中です。ロンドン公演には来れるよね。」

Goose  ハガキ
Bardensさんがくれた葉書。Goose柄でした。

 次のロンドン公演は7月6日。1ヶ月以上も先にならないと見れないのか、とくさっていたら、TVに出演すると云うニュースが入った。

5月11日(日) ジョン・ケイル/JOHN CALE - ロンドン/シアター・ロイヤル、ドゥルーリィ・レーン 

ジョン・ケイル/John Cale (vo., gtr., viola)
クリス・スペディング/Chris Spedding (gtr.
パット・ドナルドスン/Pat Donaldson (bs.
ティミ・ドナルド/Timi Donald (drms.
クリス・トーマス/Chris Thomas (kybds.
イーノ/Eno (synth.

11/5 JOHN CALE TICKET


 ジョン・ケイルは、「バックにクリス・スぺディングが付くし取りあえずは見ておこう」という程度の興味しか無かったのだが、ギグ直前になってイーノがゲストで加わるというニュースが入ったのでそれなりに期待して見に行った。
 このドゥルーリィ・レーンに在るシアター・ロイヤルは17世紀に建てられた由緒ある古い劇場で、キャパシティは約2000席。普段はミュージカル等をしているが、日曜日などには時々ロック・コンサートが行われる。
 この夜は5月に発売されたばかりの「スロウ・ダズル」をフィーチャーしたコンサートで、バック・バンドもイーノを始め、アルバムとほぼ同じメムバーで演奏が始まったのだが、新旧取り混ぜてバランスの良い選曲だったと思う。黒のジャージ・セーターにレザー・パンツ、銀ラメのキンキラスカーフをゆったり巻き付けてステイジに現れたケイルは見るからにカリスマと云った風貌で、そのサウンドもアンダーグラウンドと云うか麻薬的な音が続き、いつの間にかケイル・ワールドに引き込まれていってしまう。ギタリストのスペディングはブルーズからポップ、パンク、プログレと有りとあらゆるアルバムにセッションで参加している人で、この頃はケイルの他イーノやブライアン・フェリィ等のアルバムでも演奏していて、この夜も主役のケイルを引き立てつつ自分のソロもしっかり弾きこなし、プロのセッション・ギタリストとしての実力をいかんなく発揮していた。イーノはシンセサイザーを前にノイズを変化させながら曲のムードを変えていった。それにしてもこの人は、大きな黒のベレー帽を被り薄手の白のワイシャツ、普通の黒のパンツなのに、なぜか華やかで動作、笑う仕草などバックに花を背負っているかの様に妖艶な雰囲気を持っている。当然カメラマンが彼の回りに集まりシャッターを切っていた。
JOHN CALE 1
 (PENNIE SMITH撮影 NME誌1975年)
ショウの後半に詩の朗読が入り、良くは解らなかったのだが、目に出来た腫れ物が次第に変化していくという不気味な詩で、その朗読に合わせ舞台後ろには片目が腫れ上った人の絵が掛けられとても気持ち悪くなってしまった。それに続いて、舞台の隅に置いてあった看護婦の衣装を着せられたマネキンを中央まで引っ張り出し、服を破き、股に噛みつき(多分仕掛けてあっただろう血袋を噛み切って)顔中血だらけになったのには不気味さを通り越してあ然としてしまった。余りにも毒々しすぎたジョン・ケイルのコンサートだった

5月4日(日) キャメル/CAMEL - ロンドン/ラウンドハウス 

アンドリュ-・ラティマ-/Andrew Latimar (vo., gtr.
ダグ・ファ-ガスン/Doug Ferguson (bs.
アンディ・ウォード/Andy Ward  (drms.
ピ-タ-・バーデンス/Peter Bardens (kybds.、vo.

camel roundhouse

came  4/5 ticket

 いよいよキャメルが動き出した。4月12日付メロディーメイカー紙のギグガイドにキャメルの名前が載ったのだ。しかし2ケ所ともロンドン郊外のライブハウス。交通の便が悪過ぎて行けないノ(後にこの内の1ケ所はキャンセルされた。)
 そうこうしている内にキャメルの新譜「スノーグ-ス」の1ページ全面広告が出た。レコード会社も本気で売る気だ。同時にイギリス・ツアーのスケジュールも載っていた。ロンドンではラウンドハウスで5月4日(日)、え?デヴィッド. ベッドフォード指揮のオーケストラと共演???私としてはオーケストラと共演という事より、ラウンドハウスでとうとうトリを取れるようになったという事実にちょっと感激していたりして…
 当時ラウンドハウスでは毎日曜日、ロックコンサートが行われていた。夕方5時半頃から11時ぐらいまで3~4バンドが演奏するのだが、前座バンドは30分程しか演奏させてもらえない。トリの1つ前のバンドでも45分、トリになると1時間の演奏時間がもらえる。2年前、73年の夏にこのラウンドハウスで初めてキャメルを見た時、まだ彼等はトリではなかった。しかしアンコールを求めるオーディエンスの拍手が鳴りやまず、彼等は2曲もアンコールをプレイ出来たのだ。(ちなみにこの日のトリはチッキンシャックだったと思う。)イギリスのオーディエンスはシビアだ。例えビッグネームのバンドでもその演奏がまずければ決してアンコールは求めない。しかし無名のバンドでも上手ければ会場側が終演のアナウンスを何度入れても拍手を止めない。こうしてバンドは鍛えられ成長していくのだ。そしてとうとうキャメルがトリを勤める日が来た。
 5時半の開場時間が過ぎてもまだ扉は開かない。当日券を求める人も少ない。大丈夫か、キャメル…?!6時過ぎには開場されたが、ステイジ前のコンクリ-トのアリーナ席には誰も座らない。それにオーケストラが入る場所など無いではないか。前座のアイヴァ-・カトラーもクランシーも終わった。時間は9時半近くになっている。アージェントの時は9時には始まっていたのに…。しかしこの頃になると誰も居なかったアリーナ席にゾロゾロと人が集まって座り始めた。そして「キャメル」のアナウンス。

andy,doug,latimar 1

 向かって右端に真っ赤なユニヴァ-シティ半そでTシャツにオレンジの細いパンツのアンディ・ラティマー、その後ろにベイスのダグ・ファーガスン、中央にドラムスのアンディ・ウォード、そして左端にブルーのチェックのシャツを着たピーター・バ-デンス。まずラティマーが口を開く。「こんばんは」そしてウォードのドラムスが始まる。タン、タ、タ、タン…「プロセッション~ホワイトライダー」だ。ラティマーのギターが加わり、フア-ガスンのベースが正確なリズムを刻み始め、そしてバーデンスのキーボードがサウンドに厚みを付けていく。ラティマーお得意の甘々のメロディラインとヴォ-カル、それをバックアップするバーデンスのハモンドオルガン。バーデンスはあの使い古したハモンドB-3をまだ弾いているんだ。でもぐらぐらしていた足は取っぱらってしまっている。あとはミニムーグとフリーマンのストリングシンフォナイザー、フェンダーローズのエレクトリックピアノか。2曲目はバーデンスの紹介で「スーパーツイスター」。ラティマーの流れる様な美しいフルートの調べが一瞬にして軽快なリズムセクションに取って換わられる。1曲の間にリズムがころころと換わるのはキャメル・サウンドの特徴の一つだ。「ホワイトライダー」「スーパーツイスター」共、演り慣れているとみえてほぼレコード通り。終わった所でバーデンスが話し始めた。「オーケストラと共に演奏するはずでしたが出来ませんでした。でも、いつかどこかで共演したいと思います。」いよいよ「スノーグース」だ。コンセプトアルバムと銘打っているだけあってポール・ギャリコの同名小説が様々なキーボード、フルート、ギターで表現されていく。これに深みを付けていくのがダグのベイス・ライン、華やかに盛り上げていくのがウォードのシンバル・ワークス。ステージ後ろのスクリーンにはストーリイに合わせて青空や雲が流れるスライドが映し出されている。50分程の大作だがメロディも親しみやすく、キャメルらしいギターとキーボードのコンビネーションが随所に聴かれる。曲はバーデンスのエレクトリック・ピアノで静かに終わった。拍手が沸き起こる。大成功だ。アンコールはお馴染みの「レディファンタジー」。この頃になるとアリーナに座っていたファンが立ち上がりステイジの前へ押しかけ始めた。次はバーデンスのヴォーカルで「フリーフォール」、3曲目は「アルバルーバ」と乗りのいい曲が続き終わったのは11時過ぎ。大満足のロンドン初日だった。

BARDENS 7

 この時期、キャメルはこの日のラウンドハウスでのコンサートを含めて、4月下旬から5月中旬までイギリス国内をツアーしている。
 これは総てのバンドに言える事なのだが、ロンドンで行うコンサートは彼等にとってとても重要だ。メディアが聴きに来てくれる可能性が高いからだ。新聞社が来てくれて記事にでもなればその後の評価がぐんと上がる。上手くいけばレコード・レヴューも書いてもらえるしインタヴューにも来てもらえる。それゆえ地方ではギター一本でソロでプレイしていたミュージシャンがロンドン公演だけはバンドを従えて演奏するという事も多々あるのだ。しかもラウンドハウスはロック・ヴェニューとしては老舗中の老舗。ここで演奏すれば新聞に取り上げてもらえる確率が高い。そして今夜、キャメルは成功の確かな手ごたえを得ていた。
 このラウンドハウス.ギグの後、再びイギリス国内を回って約2週間後にキャメルは又ロンドンに戻って来る。次はカレッジ・オブ・ファッション。ん?何処だぁ???
 
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